金は使うためにあるし酒は飲むためにある

いつまで続くかわからないブログです

部屋と唐揚げと私

この言葉から思い出される情景、それは「自分の部屋でのひとり飲み」である。

 

私は酒が好きなほうではあるのだが、家系のせいか酒に弱く、すぐに顔の赤くなる体質である。

そのせいか友人たちとの飲み会では、「顔が赤いけれど…大丈夫?」と心配されてしまうし、友人たちと比べてもさほど飲めないので、何だか飲み会では心底寛げない。

そもそも、一緒に飲みに行ける友人も少ないから、家でひとり、のんびりマイペースに飲むのが好きなのである。

 

空きっ腹で飲むと悪酔いするので、夕食と共に飲むことが多い。ときどきは近所のスーパーやコンビニで買った唐揚げをつまみに飲むこともある。

正直な感想を言えば、時間の経ったパック詰めの揚げ物だから、あまり美味しいと思えない。

けれど部屋でひとり、誰に気兼ねすることもなく、楽な部屋着で、思うままに酒や唐揚げをつまんで、だらだらとツイッターを眺めたりすること―それが私の一番楽な時間であり、私のささやかな楽しみである。安いお酒とつまみだけれど心底寛げる、それは自分の気を紛らわせたり、「自分」を取り戻すための大切なひとときなのである。

 

数年前、あるドラマで私のような女性のことを「干物女」と称していた。

しかし、干物には何とも言えない味わいがある。外面は美しくないかもしれないけれど、日々の慌ただしい生活の中で、そんな「干物女」になるひとときが、まちがいなく自分をしっかりと取り戻す手掛かりとなり、人生の”味わい”を醸し出している。きっとそうに違いない。

 

だから私はいつまで経っても、スーパーやコンビニで、ひとりぶんの酒や唐揚げのパックを買って家に帰ることを辞めないだろう。ひとりだけの時間は孤独などではなく、それは自分を見つめなおしたり、自分を労わる、大切な時間なのだから。